行雲流水  

今日は暖かく、気持ちの良いお昼間でしたが、陽が沈むと温度が下がりますね。一日の寒暖差が身体にきついです。皆さま、風邪を召されないように、お気を付け下さいませ。

さて今日は、「ふっと心がかるくなる 禅の言葉」よりを「行雲流水」をご紹介させていただきます。

行雲流水 (こううんりゅうすい)  身を軽くして生きてみる

雲は何のこだわりもなく空に漂い、流れる水は一カ所にとどまることがありません。「行雲流水」とは、そうした何ものにもとらわれることのない生き方を示したことばです。

ぽっかり浮かんだ”はぐれ雲”を眺めて、あんなふうに自由に生きてみたいものだと思ったことがある人もいるかもしれません。

しかし、「自由に生きましょう」と言うのは簡単ですが、実際にすべての執着を捨てて「行雲流水」のごとく生きるのは容易なことではありません。

家族も家も、地位も持たず、何ものにもこだわらずに生きるということですから、これは仏法にしたがい悟りを得た者だけがとれる生き方といえるでしょう。

修行僧を「雲水(うんすい)」と呼びますが、それはこの「行雲流水」からとったもの、雲水は一カ所にとどまらず、師を求めて各地を行脚しながら修行をつづけます。師とは高僧だけではありません。

日々出会う人々や自然もまた師となるのです。せめて心は雲のように水のように。そしてこの雲水の身軽さと、自分の周りのものすべてを師とする姿勢を見習って生きてみませんか。

只今勉強中のコーチングでは、信念という言葉に注目します。日常会話において「信念の人」とか「あの人は信念がない」といったように使われるように、ある事柄についてもたれる確固として動揺しない認識や考えを信念といいます。

自分の信念にこだわりすぎて柔軟性がなくなると、心も身体もガッチガチになってしまいます。自分で作りあげた信念は、自分で作り直すことができます。

心は雲のように水のように・・・そうすると身体の力も抜けて楽に生きていけるのでしょうね。